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「解放」ラスト別Ver |
臨時休業の札が掛かったままの事務所のドアに鍵を掛けて、エレベーターに向かう。
下向き三角のボタンを押してエレベーターを待つ間、ふと、隣の上司を見上げる。
「城ノ内さん」
「ん?」
上の階で誰かが止めているらしく、エレベーターはまだ降りてくる気配がなかった。
「ろくでもなく、ないですよ」
「……?」
呟くように口にした言葉。意味がわからずにいる彼の眉間に、笑いかける。
「男運の話です。確かに、私、男運は悪いのかもしれません。けど、」
一呼吸置いて、言葉を選ぶ。
まるで愛の告白でもするかのように、緊張した。
「あなたのことは、信頼出来ます」
まっすぐに、彼の目を見る。
この言葉に嘘はない。そう心から思っていると、彼に伝わるように。
「頼らせてもらいますね、これからは」
面食らっている上司の顔に、照れ隠しの笑顔を向けた。
「…………」
ポンと音がして、一拍後に開いたエレベーターにふたり並んで乗り込む。
「……忘れてた」
1のボタンを押すと、彼はどこかぼんやりとした顔のままそう呟き、
唐突に、私の身体を引き寄せた。
「……え」
一瞬。何が起こったか理解出来ないでいる内に、彼の顔は離れていった。
「────」
彼は何事もなかったかのように平然と、表示されている現在の階数を見上げている。
今の出来事は、私の見た白昼夢だったのではないかと、疑うほどに。
でも違う。口唇に、感触が、残っている。
「──な、何するんですか!!」
「成功報酬」
「はぁ!?」
「こんだけ動いてキス一回とか安いもんでしょ。初めてでもないわけだし」
あまりの言いぐさに、頬と頭に血が上る。
「っ、前言撤回します。このセクハラ上司! 本当に訴えますよ!」
「いいよ。受けて立つ」
「………っ」
予想外の反応に、絶句する。なんだその意味不明の自信。
「あかりちゃん。ホント、口は災いの元だよね」
「何、言って」
「俺は嫌いじゃないけど、その直情的な性格は直したほうがいいかもよ?」
くすりと笑って、彼はひらりと自分の携帯をかざす。
嫌な予感が、既視感と重なるのと同時、彼の指が画面に触れた。
『──いいですよ。どうせなら、めちゃくちゃに──』
「わ──────!!」
流れ出した自分の声を掻き消すように叫ぶ。
ポンとまた音がして、開いたドア。
エレベーターを降り、カラカラと笑いながら、彼は再生を停止する。
「いやぁ、ホント、精神的にひっ迫してたとはいえ、今時AVでも聞かない貴重な発言だよね。ほら、ちゃんと並んで歩かないと、手が滑ってもう一回再生ボタン押しちゃうかもよ?」
「────最っ低!!」
こうして、私の日常は戻ってきた。
信頼と、教訓と、新たな精神的負担を抱えて。
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